2020年4月27日月曜日

片頭痛治療薬の値段分析について

まずは2020年2月25日にレポートアップされた片頭痛治療薬の価格計算についてみていきましょう(原典はこちら:https://icer-review.org/topic/acute-migraine/)。最初にDisclaimer的なパートがあり、ICERへのファンディングについて、19%は製薬企業/保険会社/PBMから得ている旨、きさいされています。また、その中でも片頭痛治療薬として今回対象とするものには、Allergan社のみファンディングメンバーに入っていますと、ということが明確に記載されています。(Allergan社にプラスの配慮なんてしてませんよ、という意思表示です→結果はどうなっているでしょうか?)
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まず、エグゼクティブサマリーから入ります。ちなみにレポートは全部で249ページです。この疾患の患者人数について記載があります。片頭痛は、アメリカの12-15%が罹患し、人口にして4千万人が悩んでいる、ということが示されています。次に、これまでの治療手段として、トリプタン系、と言われる5-HT(ヒドロキシトリプタミン)1b/1d受容体アゴニスト(作動薬)が主流であった、ということが示されます。トリプタン系は、錠剤、点鼻、皮下注射といった手段で投与されることがあるそうです。しかしながら、長期間の投与にて効き目が減弱する事例や、心血管系の既往がある患者さんには禁忌であるという事情があり、新たなタイプの片頭痛治療薬が求められている、というニーズについて記載されています。新たなタイプとして挙げられているのは、「カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)阻害剤("gepant"クラス)」と「5-HT1f作動薬("ditan")クラス」が開発されてきました。CGRP阻害薬としては2種類あり、Allerga社の「Ubrogepant(製品名Ubrelvy)」と「Rimegepant(FDAレビュー中(2/25日時点))」があります。また、5-HT-1f作動薬としては2019年10月11日にFDA承認を取得した「Lasmiditan(製品名Reyvow)」があります。今回はこれらの3製品の医療価値の比較、ということになります。genantやditanは、triptanと異なり、血管収縮作用がないことが相違点、として挙げられています。
次に、患者さんや患者団体との議論について共有されています。往々にして製薬会社が臨床試験のエンドポイントにする指標は患者さんや患者団体の求める指標と異なる場合があるので、ICERとしては患者さんが何を治療薬に求めているのか、ということを明確にする必要があります。特徴的なコメントとしては、「処方薬や非処方薬があるが、片頭痛の発作を抑えられない」「triptanは効くこともあるが大概の患者で効き目が悪い」「患者が片頭痛治療薬ではなく、オピオイドやバルビツールなど副作用の多い治療法を選択することがある」といった内容が挙げられており、治療薬が開発されるメリットとして「片頭痛は思春期に発症するため、アカデミックな才能を発揮できる」「重篤な発作はQOLへの影響が大きい」「いつ発作が起こるかわからない状況は不安を」「慢性的な片頭痛は家族や友人との人間関係に影響する」などなど、いろいろなことが書かれております。
さて、ここからが本題ですが、臨床ベネフィットはどのように評価されるのでしょうか。参照データは各化合物臨床試験データとなります。それぞれ、lasmiditan(第2相×1本、第3相×2本)、rimegepant(第2相×1本、第3相×3本)、ubrogepant(第2相×1本、第3相×2本)の結果と、過去の23本のtriptanの結果が比較対象として用いられているようです。
最初の臨床ベネフィットは「投与2時間後の痛みがないこと」あるいは「痛みの緩和」が設定されています。臨床試験結果内容は下記表のように示されておりますが、詳細は割愛します。
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さてさて、このような治療効果がどのような値段設定に反映されるのでしょうか?すでに発売されている医薬品は販売価格(WAC)が設定されておりますので、その数値が引用されています。下図参照。
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いよいよ本題です。Model Inputとして、新薬3種類、旧来のtriptan系、既存治療法(混合治療)について、その価値が評価されています。手法としては、EQ-5Dを用いてることが書かれています。その結果として、Usual Careを比較対象とするPopulation1と各種triptan系とを比較するPopulation2にて結果がまとまっています。
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Population1の解析結果では、新薬3種類で得られるQALYが、1.8252あるいは1.8295である、Usual Careは1.8142とその差は「0.0110」「0.0153」、延命効果をはかるLife Yearsは差がゼロとの結果です。
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Pupulation2の解析結果では、新薬3種類にて得られるQALYが「1.8252」「1.8222」「1.8221」に対して既存ジェネリック薬で得られるQALYは「1.8264」「1.8293」と新薬で得られるベネフィットを上回っている計算結果となっています。これらの解析結果をまとめた表を以下に示します。
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その結果、Pupulation1では、gepant系の2種類の医薬品が比較的良い結果(1QALYを得るのに約4万ドル(約450万円))となり、Lasmiditanはあまりよくない結果(1QALYを得るのに約18万ドル(約2千万円))です。一方。Pupulation2では、いずれの事例もDominatedとなり、新薬の価値が下回っている、という結果となっています。
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これらの結果を受けて、Pupulation1をベースに感度分析、シナリオ分析、閾値分析が行われています。Pupulation2においては、既存のtriptan系の方が効果がよい、という結果が出てしまっていますので、分析対象はPupulation1(心血管リスクがあり、triptan系を服用できない患者)を対象としています。結果としてはLasmiditanはgepant系と比べて効果が低く、費用対効果に劣る、という結果であり、gepant系を推奨する内容となっています。推奨価格としては、QALY当たりの金額を5万ドル~15万ドルのシナリオについて算出されていますが、年間30万円~50万円程度の幅が本レポートから導き出されています。
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そして、すでに発売されている医薬品の値段と比較され、どの程度の値引きがふさわしいか、といった製薬会社的にはうれしくない提案までされております。
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最後に委員会メンバーでの投票があり、「治療をしない場合と比較して新薬を投与する場合にベネフィットがあるか→Yea」「新薬間に治療効果の差があるか→No」「新薬がtriptan系と比較して優れた治療効果があるか→No」といった結果となっております。
そういった結果についてもパブリックコメントが受け付けられていまして、リリーからは、Erin Doty, MD氏(Senior Medical Advisor, Migraine and Headache Disorders, Eli Lilly)からのコメント、AllerganからはCMOであるMitchell Mathis, MD氏(Vice President, Chief Medical Officer, CNS, Allergan)からのコメントが公開されています。どちらも恨み節ではなく、比較的真摯なコメントやベネフィットについての主張しています。
これらの分析は治療効果をどのようにQALYへ換算するかというのが興味深いところではありますが、QALYの計算過程に関する詳しい情報は残念ながら解説はされていません。

2020年4月21日火曜日

ICER(アイサー)とはどんな組織か?

医療経済学の中でICERというと、普通は「Incremental cost-effectiveness ratio」というのが出てきますが、今回取り上げるのは「Institute of Clinical and Economic Review」という組織のことです。
Incremental cost-effectiveness ratioというのは、前回のQALYのときにも触れた概念なのですが、1QALY得るのにいくらかかるのか、ということと思っていただければよいです。
さて、Institute of Clinical and Economic Reviewですが、米国マサチューセッツ州ボストンにある独立研究機関でして、設立は2006年です。2006年頃というのは、抗体医薬など生物学的製剤が続々と市場に投入されていた時期なので、そういった需要があったのでしょう。最近の米国では希少疾患の医薬品が増えていることもあって医薬品の価格が高騰しています。記憶に新しいのは、Novartis社(創製はAvexis社)が承認を取得した「ゾルゲンスマ(Zolgensma)」という脊髄性筋萎縮症(Spinal Muscular Atrophy(SMA))の遺伝子治療薬で、価格が2億円!!です。こういった2億円という価格が適正なのか、もっと高くてもいいのか、それとも安い方がよいのか、といった価格設定は製薬会社自身ではなく、やはり第3者が算出した方がよいよね、という考えは皆さんにもなじむんじゃないか思います。ですので、第3者の視点から価格を計算するICERは、「watch dog of drug pricing(医薬品価格の番人)」と呼ばれています。最近の傾向ですと、自由薬価の国アメリカ、といえどICERが計算した金額より高い価格を設定する製薬会社はなく、先ほどのNovartis社のゾルゲンスマもICERが2億円が適正価格だ、とのレポートを出したので2億円になっています。そうじゃなければ5億円の販売価格になっていた可能性大です(ゾルゲンスマの事例は近い将来取り上げる予定です)。
ただ、こういった独立機関を運営するにもお金は必要です。どういったお金の出所になっているのか、そういった内容もすべて公表されています。
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大半は、非営利の財団からのお金で賄われていますが、製薬会社からのFundingもあります。面白いのは、Allergan、Alnylam Pharmaceuticals
AstraZeneca、Biogen、Boehringer-Ingelheim、Editas、Genentech、GlaxoSmithKline、Janssen、LEO Pharma、Mallinckrodt Pharmaceuticals、Merck & Co.、Novartis、Prime Therapeutics、Regeneron、Sanofiといった名前を連ねている会社は比較的高額医薬品を出している企業が多いということです。Editasはゲノム編集のスタートアップ企業ですが、まだ上市した製品がないにもかかわらず、将来的な価格設定に備えてか、fundingをしています。(Fundingが有利な価格設定に結び付くわけではありませんが、どういった計算根拠となるのか、会議への参加や傍聴ができれば、エンドポイントの設計など臨床開発戦略にも活かせるのかもしれません)。
次回は、ICERが採用しているの価格計算フレームワークについてご紹介する予定です。

2020年4月10日金曜日

QALY(クォリー)とは何ぞや?

Quality-adjusted life year, QALY、日本語で言うと、質調整生存年(しつちょうせいせいぞんねん)のことで、生きている期間において量と質の2点を評価する手法のことです。医薬品の価格や医療行為に対しての費用対効果を経済的に評価する技法として用いられています。
これだけきいてもわからないと思うので、具体的な話をしていきたいと思います。前提として、1QALYは、完全に健康な1年間に相当します。もしある人の健康が完全ではないならば、その1年間は1以下のQALYとして算定され、死亡すれば0QALYと算定されます。いくつかの状況ではマイナスのQALYも算定され、それはその健康状態が「死亡よりも悪い」ことを意味します(どんな状況でしょう、きっと生きているのが辛すぎる状況でしょう)。
もう少しかみ砕いてみると、生活の質、というとき、Quality of Life(QOL)という言葉があります。QOLが上がる、QOLが下がる、こういった使い方をしますが、QALYは、QOL×時間(年)であらわされるものです。QOL自体は上がったり下がったりするもので、0~1の間で計算されます。新しい家を買って、快適になったときもQOLは上がりますが、今回、対象とするQOLは自身の健康状態に関してのみで、それ以外の要素は反映されません。
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皆さんが、病院へ行こう、薬を飲もう、というモチベーションは、「元気に」「長く」生きたいから、という理由に他ならないと思います。そこで医療行為や薬に対してお金を払う訳ですが、その効果に対して、いくらの金額がが妥当か、というのが医療経済学の考えで、治療しない場合が水色、治療する場合に黄緑色分、いいことがある、その金額を計算しよう、というスタンスです。日本では人の命に値段をつけるなんて、という考えが主流なので使われていませんが、欧米ではQALYがどの程度向上するのか、をベースに医薬品価格を決めることがあります。
ただ、そもそもQOLを0~1の間で示すって簡単そうですが、どうやってやるのでしょうか、というのが新たな疑問かと思います。QOLを計算する手法はいろいろありますが、最近よく使われるのは、EQ-5D-5L (EuroQOL 5 dimensions 5-level)です。EQはEuroQOL、というヨーロッパの団体が作成している基準でして、5つの項目(Dimension)、5つの段階()level)、で決めます。移動の頻度、身の回りの管理、普段の活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込み、という項目を5段階でヒアリングして確定します。(参照:池田 et al.:保健医療科学 2015 Vol.64 No.1 p.47-55)
あとは、得られるはずのQALYに対していくらお金を払うのか、という値付けの問題ですが、民間保険が中心のアメリカは、100,000~150,000ドル(約1千万円~1千5百万円)、国民皆保険のイギリスは20,000~30,000ポンド(約260万円~400万円)となり、国によって全く異なる値付けと思います。このようにアメリカの市場においては、差別化が可能そうな医薬品に関しては高く値段設定ができるので、様々な製薬会社がまずアメリカ市場へ参入しようと考えるわけです。次は、アメリカの薬価の具体的な事例について書いていければと思います。