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2016年3月16日水曜日

久しぶりの投稿。

前回のポストが2014年6月なので、この2年弱はいろんなことがあったなぁと振り返るとともに、もうすぐ迎える新年度がさらに激動になりそうです。

年齢もアラフォーがひたひたと静かに近づいてきておりますので、カラダのケアもしながら、公私ともに取り組んでいきたいのですが、私自身会社に入って最も長い勤務地となっているのでこれもぼちぼちどうにかしようか、とも思っているところです。

地道にやってきた内容はお金で買えない経験・思考であったとも思いますが、MBAを取ってるともっとよかったのか、とも思えますが、その時・その場所で、というのはかけがえのないものなので、後悔はなく、Openにやっていきたいと思います。

ブログを書いている余裕もありませんが、FBも長い投稿を書くにはなぁと思うので久しぶりに復活してみました。読む人も少ないかと思いますが、ちょっとずつ、やってみます。

2014年6月20日金曜日

見せる背中がある。

6月ということで、中間評価を絶賛開催中であります。それに加えてTOEICの結果も帰って参りました。

TOEICについては、これまで870点でそれなりと思っていたところ、先日東京で飲んだときに900点台の方々がいて悔しいなと思ったため、自分自身との戦いでありました。結果935点ということで、ようやく肩を並べられたな、と勝手ながらに解釈しております。少なくともベトナム人含めて会社でトップを保てましたので、見せる背中が少しは出来たと思っています。

さて、中間評価をしてみると、これまたいろいろと個性がでるなぁと思います。

一番びっくりしたのが掃除のおばちゃん。
もちろんボクの部下なので、年上ではありますが、きっちりと面談をしたところ、、、、、泣かれてしまいました。。。

え、えぇーーー、ってなったところ通訳スタッフに聞くと、
「いろいろと気遣ってくれて本当にありがとう」
ということでの感動泣きだったそう。
職業に多少の貴賤が感覚としてあるのでしょうね、ベトナムは。今までの職場ではそういう対応をされなかったということのようです。

ボクも初めての管理職ですので、ケアもしながらそれぞれの責任範囲に関してはしっかりと指導していかないといけないですね。

2014年6月3日火曜日

恣意的。

ベトナムでの経理処理も私の担当ではありますが、そんなんあり、ということが非常に頻繁に起こります。

直近であったのが、


「Depreciation expense of fixed assets not used for activities of production and business of goods and services.」
 In this case, at present,depreciation of  Fix assets not used for business purpose shall be recognized as invalid expense for CIT purpose.

ということであり、基準を満たしたら減価償却をしなさい。だけど、商業生産してないのなら損金に入れちゃダメよ、ということ。もちろんビジネス通念上、固定資産は価値を生み出すために導入するのであるし、製造に使わないなら買わなきゃいい、ということで適正な企業運営に繋がりそうな気もするといえばするのですが、こちらにはこちらの事情もある訳で、その辺、損金に入れさせてよ、という方が強いと思います。

一般的に、ベトナムでは損金算入のルールが厳しく、

・発注書が必要
・納品書が必要
・領収書が必要
・通関書類が必要
・固定資産であれば据え付けなどの引き渡し図書が必要
(しかもそれらに一字たりとも間違いがあってはならない。)

だったりして、経理処理により一層の手間ひまがかかるわけ。
勘定コードにしても国が決めちゃってるから会社で自由に番号付けが出来ないから
世界共通システムの障害にもなったりするし。

とかいって、そういう法律がコロコロ変わるし。

こういうところでの仕事というのは効率も悪いし、世界標準を使ってないし、今後どうやって活かすことの出来るスキルなのか、ということを考えてみたとき

・今後のびてくるだろう新興国(別の国)で活かす
・さまざまな理不尽な問題への対応力を先進国で活かす

ということに尽きるかなと・・

ちなみに減価償却期間はかなり幅があり、恣意的な費用計上も出来そうな勢いです。

2014年5月18日日曜日

その後。

皆さんいかがお過ごしでしょうか?ベトナムにおけるAnti China eventも収束を迎えており、ほぼ平常運転となったかと思われます。もともとはFacebookで今日デモを実施する呼びかけがあったとのことですが、これに至る政府対応についてご連絡です。

まず、暴動が先鋭化する前は、容認姿勢だったもののそれ以降は、下記のSMSがケータイに送られてきて、未然に防ぐスタンスにかわっています。(興味があればgoogle翻訳で英語にしてみてください)基本的には法律を守る、暴力的な行動には参加しない、ということが書かれています。

dien ngay 15/5/2014 cua Thu tuong Chinh phu Nguyen Tan Dung: Moi nguoi Viet Nam gop phan cung ca nuoc bao ve chu quyen thieng lieng cua To quoc theo dung luat phap cua nuoc ta va luat phap quoc te, khong co nhung hanh dong vi pham phap luat, khong nghe theo ke xau, cung nhau giu gin an ninh trat tu, doan ket giup do lan nhau phat trien san xuat kinh doanh, nang cao doi song

Thu tuong Chinh phu Nguyen Tan Dung yeu cau va keu goi moi nguoi Viet Nam khong co nhung hanh dong vi pham phap luat, khong nghe theo ke xau, cung nhau giu gin an ninh trat tu, doan ket giup do lan nhau phat trien san xuat kinh doanh, nang cao doi song va gop phan cung ca nuoc bao ve chu quyen thieng lieng cua To quoc theo dung luat phap cua nuoc ta va luat phap quoc te

Thu tuong Chinh phu yeu cau cac co quan chuc nang va lanh dao cac tinh, thanh pho tuyen truyen van dong nhan dan khong tham gia bieu tinh trai phap luat, gay mat an ninh trat tu, an toan xa hoi.

Thủ tướng Nguyễn Tấn Dũng đề nghị mọi người dân thể hiện lòng yêu nước đúng pháp luật, không nghe kích động và không tham gia biểu tình trái pháp luật, góp phần giữ gìn an ninh trật tự, an toàn xã hội

そして今日にいたっては、先ほどまでFacebookが完全にシャットダウンされ、デモ隊の情報共有手段をコントロールしていました。やればできるんだなぁ、と感心。

そんなこんなで、領海問題に揺れた一週間ですが、明日からはなんとか平常運転できそうです。ま、私は明日から中国に出張ですが。

ちなみに写真はデモの会場となるはずだったオペラハウスの近くにあるGUCCIの店舗です。被害を防ぐために閉店+バリケードで対処していました。

2014年5月16日金曜日

越中関係緊迫。

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。越中関係が紙面をにぎやかに飾っておりますが、私は無事です。

さて、東シナ海での石油採掘作業においてベトナム・中国が衝突したことから、中国政府を糾弾するかのように南部、中部、北部にてデモが生じているようです。南部では中国人・ベトナム人計21人が死亡した、とのニュースが出ておりますが、本当なのか、ソースを疑っております。

私の所在地でありますハイフォンにおいては、放火・暴行などの騒ぎは起きておりませんが、よく中国人に間違われる自分としては注意にこしたことはありません。ニュースではかなり大規模のような感じを醸し出しておりますが99%以上のベトナム人はいつもと変わらない生活をしているものと思われます。(写真は近隣の中国系企業での一コマ(被害なし))

歴史認識などのバックグラウンドのない私から見ますと、尖閣諸島の国有化を発表したときの日本に対する中国人の反応に似ているのではと感じます。過去に戦争を経験した年齢層はもちろん敵国中国は憎い、という存在なのでしょうけれども、今回の暴動が生じるモチベーションはなんなのでしょうか。

仮に中国企業で働いているベトナム人が日ごろの不満を晴らすために自分の会社を放火・マネージャーを暴行したりすると、それこそ自分の仕事がなくなるわけですし、(むしろ犯罪でしょう)もちろんそれでパラセル諸島問題が解決するわけではないのですが、このあたりに国家としての扇動が入っているのではないかと疑っています。

ベトナムは中国と陸続きですが、一部の民衆がやっていることは、昨年の中国人がやったことと同じですし、中国を嫌うなら違う言動を取ってほしいと思います。しかし、ケータイのSMSで、首相が「ベトナムは今立ち上がって国を守るべきだ」といった、などという扇動メールが届いたりもするわけで。

翻って、近隣のタイにおいても首相更迭など、安定と思われていた東南アジア諸国の政情不安に陥っております。ここにきてサプライチェーンとしてのリスクが浮き出たわけですが、国、というよりは中国がリスク、ということになるのでしょうね。

来週中国に行くのですが、大丈夫でしょうか。心配です。

2014年5月6日火曜日

お線香市場は300億円。

ベトナムでお線香を作っている会社さんが近くにあって、晩飯を食べがてらいろいろと聞いてみた。

世の中には知らない業界がたくさんあるものだけど、まず驚いたのは市場規模が300億円でほぼ横ばい。感覚的に1000億円くらいあるかと思ったけど小さいんでね。その中でシェアナンバー1は皆さんおなじみ「日本香堂」。その他100社程度がうごめいているようです。

さて、もろもろの計算の仕方はあるにせよ、日本香堂は売上高140億円、営業利益10億円、営業利益率7%の企業なんですね。ちなみに非上場。歴史も古く、天正年間。いつですか、それ?

市場自体、最近は仏壇を家におく家庭が減ったり、そもそもお参りする文化が少しずつ廃れつつある中でも、お線香もイノベーションへて市場を広げているようです。特徴は煙を少なくする、という製品だそうです。お線香の配合を変えることで煙の多寡、燃焼速度をコントロール出来るとのこと。

品質試験などで興味深かったのが、お線香一本の燃える速度は25−30分で、これは読経の長さに合わせられているとのこと。早くすることも遅くすることも出来るければマーケットのニーズにあった数字でデザインされている。

今でこそスーパーなどで普通に手に入るものですが、昔々は縁起がよくないということtで、スーパーにおいてもらうことだけでも一苦労されたそうですよ。

2014年3月31日月曜日

8年目と管理職。

いよいよ今年度も終わりを迎えようと桜の花が咲いており、私自身もいよいよ社会人8年めへと突入するところであります。ベトナムの地に足を踏み入れてからはや3年が経とうとし、残るあと3年の任期からすると折り返し地点ということです。また、30歳をちょうどすぎたところで、定年に向けた折り返し地点をまずは順調に走っているところでしょう。

さて、2014年度は自分にとって、ひとつ大きな転換がありまして、本社の職制上、管理職となります。

まま、ベトナムでは室長兼部長と、管理職をしている訳なので今までの仕事内容が大きく変わることはありませんが、本社の職制で管理職になるということは大きな意味合いを持ちます。責任が増える、ということがいの一番に挙げられるでしょう。

ただ、責任が増える、ということは責任のある仕事が出来る、ということで、まだ何も始まってはいないながらも非常にワクワクドキドキ、というのが正直なところです。自由と責任とは背中合わせだとはよく言ったものですが、責任の裏には自由があるんですよね。

今の製薬業界、世界情勢、その他、もろもろを勘案して、どんなことが出来るのか。2014年度、非常に楽しみなスタートが切れそうです。張り切り過ぎてこけないよう、準備運動もかかせません、何事も準備準備。

では、皆様これからもおつきあいよろしくお願い致します。
この雑誌は本文とは関係ありません、念のためw

2014年3月16日日曜日

次の50年へ。

実家に転がっていたバッジの写真がiPhoneの写真を整理していたら出てきた。色が一つかけているものの、50年前のデザインが今も通用するほど美しく、しかもつくりも強固だ。
これは2年前に撮った写真だけど、そのときは2020年に東京オリンピックがあることも分からないし、今のベトナム工場だってまだ跡形もなかった。

ベトナムでは今のところ外資に認められている土地の使用期間は50年。ちょうどオリンピックが開催された時を今とすると、50年後のベトナム人、ハイフォンの人は、うちの会社をどのように感じるのだろうか。

今、うちの会社の若いスタッフもすっかり祖父・祖母になる年頃だろうし、もしかするとその子供がマネージャークラス、その孫が新入社員、みたいなことも十分に起こりうるのだろうと思う。

ベトナムという国がどうなるか分からない、自分の会社がどうなるか分からない、という不確実な状況ではあるものの、確実に少しずつでもやらなければならないのは、人の育成、だ。

「おばあちゃんがね、最初に会社に入ったころは赤い眼鏡をかけた口うるさい日本人がいてね、何度もやめようと思ったけど、ずっとそこで働いたおかげで、私もいろんなことを学ぶことが出来てね、これが外資の働き方か、とつくづく思ったものよ。それからベトナムやハイフォンの医療水準や医薬品水準が上がってね、それはその会社で働いててよかったよ。」というような、エピソードのひとつやふたつが30-50年後という長いスパンの中で紡ぎだされると本当にいいなぁ、と思います。

そのためには設立メンバーの一員として、人を育てること、会社内だけでなく、会社外の学生への教育をしたり、という活動も必要だと思う。

そして人を育てていくと同時に、会社の礎となる文書類について統一された基準で揃えていく必要もある。人を育てる反面、人によらない会社運営をしていけるような配慮もしていかないと。

もうすぐベトナム法人が設立して2年が経とうとしていますが、本当にTime Flies.自分に残された任期はあと3年しかありませんが、このまま起動に乗せていって、帰るフライトでは泣けるくらいの思い出と成果を残していきたいと切に思います。

長いスパンで物事を見ながら、目の前の1秒1秒を大切に、と。 

2014年3月1日土曜日

使命と現実の乖離。

企業を運営するにあたって、当該企業の行動指針や使命、というものを従業員が理解することは、企業サイドにとって非常にありがたいものである、と思います。自分の、あるいは自分の企業が社会へ問う意義、というものを柱に、業務に打ち込め、よりよい社畜になれるもの、と思いますww

社畜になるかどうかは本人のことなのでどうでもいいのですが、使命を振りかざす割に、契約書の内容が全然使命と違うんですけど、というようなこともあるのですね。

ベトナムにおいてはいろいろな人材紹介会社があるのですが、通常契約書に記載のある紹介料は年収の2割であり、仮に使用期間中に、自己都合や能力不足による解雇となる場合は、当該紹介料を大方返金するのが妥当だと思うのですが。実際は違うんですね。

100歩譲って不幸にもこちらの判断ミスにて雇ってしまったけれど、能力不足だから解雇、という場合はいいとして、試用期間中、自己都合による退職の場合でも紹介料は50%しか返せません、ってどゆこと!?というのが個人的な実感です(これが人材紹介業の慣例ならば何も言えません。。)

ただ、ここから考えられるのは、
①ダミー人材を紹介して、紹介料だけどかすめ取るビジネス業態が可能
②しかし、そんなことをすると、口コミで紹介業なんて出来なくなるから、その条項を保っていても信頼するクライアントがいて強気
ということなのかも。

契約書を保守的に読むと、①の可能性を排除出来ず、今回は契約破綻にした訳ですけれど、クライアントが必要とする人材を紹介する、という使命からは契約条項が少し離れているのではないかい、と思ったのです。

というのが日系資本のローカル人材会社だったわけで、こんなものなのかなー、と考えさせられてました。

ということを反面教師に、自社の使命と現実の乖離も検証することに致します笑

2014年1月11日土曜日

Runner。

今年初投稿ですが、はや2014年になってしましましたね。1年は本当に早いものですが、昨年は本当に早かった。ベトナムに始まり、ベトナムに終わった1年(あ、ベトナム事業がチーンな訳ではないですよw)。

さて新しい年を迎え、今週は仕事始めだったわけですが、なぜか頭を流れる曲は爆風スランプの「Runner」。どうやら本能的に「今年は駆け抜けるぞ」という意気込みとともによいスタートが切れたのではないかなと思います。

1月からは自分の部下が5名増えて10名となり、昨年と仕事の進め方が大きく変わったことを実感した1週間でした。これまでは多少のことは自分でやればいいやー、と思っていましたが、そうなると将来に対しても自分の時間をなくしてしまう、と感じます。部下を使って仕事をする、というのは自分の将来へも投資していることではないでしょうか。ただ自分の「限られた時間と能力」を、いかに部下を使って最大化するか、ということを考えるのは非常にワクワクするものですね。そしてこれらがカチッとはまればそれは愉しいことでしょう。

現在は総務、経理、人事、情シスを管理する立場になのですが、管理する立場というのは、本当に自分の仕事に使える時間がないものだと思います。ベトナムはサイン文化であり、通関書類にしても発注書にしても伝票にしてもすべてサインです。通常でもサイン業務に1時間はとられています。多い場合は3−4時間サインや捺印をしています、はぁ。通常は、各種相談事項・確認事項を含めると、1日の半分あればいい方、見たいな感じです。その中でうまくまわすためには、判断の迅速化はもちろん、仕事の枠組み作りが肝心であり、その枠組みをスタッフが理解出来るように教育しないといけないと思ってます。

「ハイ。ワカリマシタ」が全然分かってないことが多々あるベトナムですが、心底理解してくれて、自分と同じような頭を持って進められるようになると日常業務というものはうまく回りそうです。が、イノベーションなどなどというものは、異文化の集合体で生まれるでしょうから、そこは違う頭の人たちと火花を散らす必要がありますよね。

もちろん好き同士だけでなく、いろんな個性が集まってのチーム、会社ですが、個性はバラバラでもベクトルと照準をひとつに合わせて、2014年を完走していきたいと思います。

みなさま今年もよろしくお願い致します。 

2013年12月11日水曜日

評価の相対vs絶対。

年度末ということもあり、人事考課について考えることが多いのですが、評価と実力には3年のギャップがあるものだ、という話を聞き、「なるほどなー」と思う反面、日本的だなぁ、とも少し感じ。
ベトナムでは3年後のキャリアと給与より、今のキャリアと給与が大事ですもの、ふむ。

さて、日本で仕事をしているときを思い出すと、我ながら尖がっていたなぁ、と思うことがあり、自分の受ける評価について考えることもあったのですが、ベトナムに来て自分で会社立ち上げをやって、そんなときに他の企業の方々にお目にかかりますと、「自分、まだまだだな」と思い知らさせることがかなーりあります。なーんだ、自分、全然ダメだな、と。適切に、そして謙虚にいかないとダメですね、人は。

さてさて、組織内での人事考課を考えると、その軸はあくまで「相対的」であるべき、という考えを頂きました。学校での成績を付ける際、「5」は何人などなどあるわけで、評価における相対性というものは当たり前なのですが、これまで評価をした経験のない私は、なんとなく絶対性を求めていたような気がします。

学校、企業、など、単一の組織の中での相対評価、というものはもちろん大切だと思うのですが、大学で研究室に入った場合など、研究室内での評価というものには、論文のIFや引用数などの絶対性を考える必要があります。

企業においても業績というものは絶対的な数字としてあらわされる訳ですが、それを参考に、定性的な内容も加味した上で、相対評価というものがなされていると思います。経営陣は、他社がどうであったって株主からは絶対的な評価を求められる訳ですから、絶対評価というものは法人の長が受けるものかと思います。「不景気だから業績が悪いです」、「え、だから何?」という話ですね。

私自身、これからは評価を受けもするし、評価を実施もするし、その中で考えることが増えそうだとは思いますが、常に妥当性を持って判断をしていければ、判断されれば、と思います。そして出来るだけ妥当な判断の出来る組織を作っていかないといけないですね。

2013年12月1日日曜日

日本人の顔。

海外で生活をしてると、「まず韓国人か?」という質問を受け、「違う」、というと、「中国人か」と聞かれるので、「日本人だ」と言うこと多々。

日本にいるときは周りがほとんど日本人なのであまり気にしないけれども、周りが外国人だらけになると、自分のアイデンティティについて考えてしまいますね。そもそも日本人の顔ってなんでしょう?

確かに人種としては大陸から日本にたどり着いているのでしょうから、そういう質問は間違いではないのでしょうが、どうも外国では日本人のプレゼンスが低いような気がします。そもそも実際に彼らが目にする日本人は数量的に中国韓国よりも少ないだけ、ということなのかもしれません(追記:日本人は中国人に間違えられても怒らないけれど中国人は日本人に間違えられると怒るので、消去法的に聞くのでしょうか)

私が韓国人、中国人と日本人が違うなぁと推測するのは主に、髪型や服装、メガネでしょうか。顔の骨格も違うような気がしますね。うちのスタッフ曰くは、ベトナム人かそうでないかを見分けるのは、「目」だと言います。彼らにはベトナム人の目という感覚があるんだそう。美しい発言と思います。これまで人の採用をするのに少なくとも200人は見てきましたが、ベトナム人の目というのは正直よくわかりません。

ただ、ベトナム人の一般的な顔、というのはおぼろげながらもわかってきたので、日本に帰った時などは、ん?と思うこともちょいちょいありますかね。

2013年10月15日火曜日

Same same but different!!

これ、何でしょうね。ベトナムでは日本で聞かない英語をたまに聞きます。んで、その代表格がこれ「Same Same」。英語が話せないベトナム人でもこの言葉は喋るので、きっと「同じ」という意味なんだろうを独り合点していましたが、どうやら違うらしい。

「Same」=「同じ」
「Same Same」=「似ている」

というのが私の理解する意味です。というか、英語を喋れるベトナム人に説明してもらいました。日本だってサラリーマン、ホームラン、などなど和製英語がありますから仕方がないでしょう。

それはさておき、ベトナム人の英語は非常に聞き取りにくい。というのもベトナム語は基本的に一つの言葉に一つのアクセントなので、英語を喋る際は非常に短縮される。

「Speed」=「スピッ」

あと、発音の仕方が国民的に変。

「Colleague」=「カレッジ」
「Trade」=「チェード」

Tradeに関しては、ベトナム語は「TR」を「CH」で発音するので仕方がない部分はあるかと思います。あとフランスの名残か「R」を「Z」と発音したり、初心者には意味不明です。ベトナム大手の医薬品会社に「Traphaco」という会社があるのですが、「トラファコ」と読みたいのを我慢して「チャファコ」と読むんですね。

ベトナム語の勉強もよいですが、ベッティングリッシュも正直必要です。

2013年9月24日火曜日

首相の目の前で。

気づけば前回のアップから40日、時の経つのは早いものです。さて、一週間前の話ですが、VSIP Quang Ngaiという工業団地の起工式に参加しました。VSIPというのは、Vietnam Singapore Industrial Parkという工業団地の略称で、ホーチミンに2カ所、ハノイ近郊に1カ所、ハイフォンに1カ所、と全国チェーンの成功した工業団地です。

名前の通り、ベトナムとシンガポールを挙げての工業団地であり、ベトナム側は大手ディベロッパーのベカメックス、シンガポール側はテマセク傘下のセムコープが出資してます(三菱商事も参画)。1996年から始まったプロジェクトで成功が続き第5サイトまで継続中。

さて、余剰資金の少ないベトナムでは、狭い割に南北に長いため全国を網羅するインフラを整えることが出来ません。日本は鉄道会社が路線網を引いたおかげで強靭なインフラとして今も残っておりますが、インフラがあった場合、次に鉄道会社がしたことはデパート、街の形成。インフラを構築して人が集まることが出来て初めて商業が生まれる。

翻ってベトナムにおいてはインフラがない(だからバイクに乗る)。どうやって人を集めるか、ということで工業団地を作るんですね。まず仕事を作って、そ
してその周りに街を作る。そういうスキームでやる場合は工業団地もあくまで周りに形成される住環境を汚さないクリーンである必要があります。というのがVSIPの特徴。だから医薬品製造などは推奨されます^^

今回のQuang Ngaiの話に戻しますが、これはダナンから南に120km下った都市で、まだまだ農業、漁業中心の場所です。最低賃金もレベル3で、月額最低給与が80USD程度と安価。セムコープは火力発電所も建設している最中なので、ここらのインフラを一手に請け負って街自体を形成するつもりなのでしょう。水を作る事業、も今回の目玉慈善事業としてやるみたいだし。

「家まるごとパナソニック」もすごいとは思うけど、「都市まるごとシンガポール」というのは規模が違う。それをやりきるディベロッパーのノウハウ(気力?)はすごい。事業、というよりは投資、という方に近いのかも知れませんけど、内に向けないだけに外に行っている。

今年は日越友好40周年記念、といろいろとめでたく盛り上げてはいるけれど、40年前の1973年はベトナム戦争終結(パリ協定)の年。日本だけでなく十数カ国との国交を樹立しています。もちのろんで今回のシンガポール首相のスピーチでもそういう旨のことが言われるわけ。

昨年の祝辞、今年の祝辞、来年の祝辞でも言われて、その間にまたほかの記念の年を持ってくるってことでしょうな。来月、いよいよ本格的に忙しくなりそうです。いかに乗り切るか、笑って、というか微笑んで進めていきたいと思います、そう、内心怒っていたとしてもね。

2013年8月9日金曜日

ねじをまく。

相変わらず組織運営に四苦八苦しております。

ちょうど今日見た記事ですが、ソフトバンクアカデミアでの孫さんの話。「将棋の王将は360度動ける。資格がないというのは王に重要な要素。技術も会計も資金繰りも英語も、なんでもできなければならない。

本当ーーーにそう思います。実感として。
日本から、ベトナム人スタッフから、会社を回しているとあらゆる角度からいろんなものが飛んできます。ベトナム○○局なんてところからも通達が来たりなんたらかんやら。基本的には即断即決を心がけておりますが、中にはダメージを食らうものもあるわけです。

ただ、個人的には王には死角がない代わりに歩みも遅い、と思うんですよね。だったら、何かに秀でた飛車や角になって、そのあとに敵陣に入り込んで竜王になったりする方がスピーディーで好きです。社長(王)になって責任もってやりたいことやる、って面白そうって思ってたけれども、それなりにやりたいことが出来たら社長よりも飛車角の方が面白いんじゃないかって思ったりもする。

ま。管理部責任者である以上、組織づくりはしっかりやろうと思っているので、これからは日本人、ベトナム人に対する要求レベルを上げていって、金銀桂香飛角などなどベトナム法人から輩出された人材を社内ブランド化できるように取り組みます。そのためにはまずは自分がやらないとね。

2012年の8月8日は地鎮祭。1年経って、さあどうだ。これからが本番だ。ねじ、まいていこ。

2013年7月27日土曜日

組織を作る。

いよいよと工場完成も間近となり、組織を作る段階になって参りました。8月1日で赴任してから丸1年となりますし、8月に雇用した2名の従業員もずっと僕についてきてくれたことになります。はじめは1人から始まったオフィスも活気があふれておき感慨深いものがあります。

さて、現在は僕の下に4人、その他7名のベトナム人を採用しており、今後の本格稼働を見据えてどんどん採用していく必要があります。ただ、会社を作って仕事をまわしていこうと思うと、「やる気があります」、ではなくて、「これが出来ます」、とかそういうメンツが必要です。ビギナーをゆっくりと育てていくヒマないし、当面はある程度のプロフェッショナルを採用することが前提となります。しかしながらベトナムでの医薬品製造規範は依然としてWHO-GMPであり、こと医薬品製造に関する人材に関しては、「ベトナムではプロ」、という人材でも物足りない部分があり、PIC/SやcGMPに対応しようとするとなかなか難しい。なので、「これが出来ます」+「医薬品がやりたいです」という要素の強い人を選別して組織に入れ、その人たちが最大限働きやすい職場を提供することを念頭に考えています。

これからどんどん従業員を増やしていく場合には、それぞれの役割に見合った人を採用したい、し、採用される方もそのように願う、と思う。最低限の生活もままならない場合はなんとかして高い給与が欲しい、と思うだろうけれどもある程度までの給料ならば、環境のいい会社で働きたい、自分のやりたいことをしたい、という人が増えてくる。そういうときに、ベトナムにおける医薬品製造、というのは社会貢献度が非常に高く、医療が不十分なベトナムにおいて、医療関係の仕事がしたい、というモチベーションに十分なるのではと思っています。

しかし最近「自分が本当にやりたいことは何ですか?」というのは究極の疑問だとつくづく思っています。月に一度の従業員面談では、自分の会社の中にある仕事の範囲の中で、やりたい仕事を吸い上げ、不満を吸い上げ、社内を調整してできるだけ改善するようにしています。ベトナム人はキャリア志向が強いので、自分の仕事はこれ、というのをあらかじめ決めたりする傾向があり、管理する側としてはそんなこと言わずにいろいろやってよ、とお願いしてますがそれをお願いするのは手間でもあります。そういう点では日本人はいかに仕事を受け身でやっていることが多いか、と感じます。その結果の多能工、なのでしょうか。

翻って今、僕自身がやっている仕事は本当に自分がやりたい仕事なのか?と言われたら、「んー、どうでしょう」と答えます(笑)。しかし僕の軸として興味があること、というのは、「ヘルスケア(出来れば薬)」と「アパレル」。
気づいてみると、「イリョウ(医療⇄衣料)」ということに集約されるのかも知れません。経験も構想も人徳も全然足りないので独り立ちなんかは出来ませんが、まずはやりたいことをやるベトナム人を眺めながら今の環境を十分に楽しんで、
一つのことを成功させてみたいと思います。


2013年7月6日土曜日

事業環境と共通項について考える。

窪田さんを中心にした勉強会に参加してきました。本来帰国予定はなかったのですが、無理やり予定を詰め込んで帰ってきました、東京。ですが、どんなことをしてでも帰ってきた方がいいと感じましたね。前回、「極めるひとほぼどあきっぽい」について書かせてもらいましたが要はその著者の方との勉強会・2次会です。(その他ウレシイことも2点ほど)。

感じたことは多々ありますが、米国の事業環境ってすごそうだな、そこで仕事をしてみたいな、というのを率直に感じました。 ベトナムで会社を動かしていると、法律や各種規制を熟知した専門家、ってそんなに多くなく、それよりも誰々をよく知っている、とか、そんな話をよく聞きます。もちろん各種法律を知っていて、という素晴らしい人もいることにはいるのですが、少数でしょう。 (主観的意見です)。それよりも規制と袖の下は表裏一体ですから、そのことによる恩恵を受けることに執着している人も多いでしょう。

アメリカの場合だと、 それぞれのProfessionalがいて、各Job discriptionに従って採用すれば、本当に優秀な人を集めることが出来そうです。法令など各種事業環境も整っていて実力勝負、速さ勝負、みたいな、本当にサバイバルな環境にあるんだと感じました。だからこそリーダーとしてそれらの人を束ねる場合は、少なくともメンバーが言うことを理解する素養、分からないことは教えてもらう謙虚さ、それらを統合する頭の回転の速さ、必要な能力が山ほどあるんだろうと感じます。

だけれども、自分がリーダーとして引っ張っていく場合、少なくともメンバーはその背中を見てついてきてくれる訳だし、ベンチャーにせよ、大企業にせよ、その背中が信用できるものでなくなったら、ついてこないこないのが普通かと思います。それは会社の社風も含めて、この人と一緒に仕事がしたい、とかこの会社が好きだ、とか、そういう気持ちを社員に持たせることが必要。そういう点は恐縮ながらも共通意見であり、その方向で進めたいと思います。

事業環境を比べると、それぞれの国の道路事情によく似ているのではないか、と思います。アメリカはだだっ広いハイウェイで、乗るも降りるもフリー。日本は、比較的早く走れるけれどもその流れは細く、その上、山や谷、曲り道(規制?)が多く、思ったほどスピードが出せない。ベトナムはそもそもハイウェイがない上に、 バイクに邪魔されたり、石が落ちていたり、牛が出てきたり、とおそらく先進国では予想外のトラブルや人的災害が起きる。だからスピード感も非常に遅く、実際一つのレターを出して問題解決するのに1か月以上かかることもある。スピードの速いアメリカベンチャーだと1か月というのは致命的なほど長いのではないかと思います。

ただ、先進国のスピード感についていけない人、新興国の未整備さについていけない人、いろんなタイプの人が世の中にはいるとは思うけれども、自分自身はオフロードのようなベトナムだけれども俄然として早く走れるようになりたいと思う。みんなが50km/hで走っていることに慣れたら、200lm/hで走っているアメリカ(例えです) では、もう走れない。僕はまだ早く安定して走れないけれど、今回の勉強会なんかは200km/hで走っている人たちの後部座席に乗せてもらってそのスピード、マインドといったすごさを体験させてもらったから本当にかけがえのない経験でした。


なんだかたとえ話に話がずれてしまいましたが、共通なことは自己実現欲が高い人がいるということ。高い給料に心動かされる人はいるけれども、これまでこんな経験として「うちの会社に入社して、自分の実力を試したい」というマインドを持った人もいる。そういう人に対しては、ベトナムの中では少なくとも優れた職場環境とゴールを提供して、一緒に走っていきたいと思うし、それで会社と国が発展すれば、もう何も言うことはないし、そこでする自分の仕事ももう終わりになる。そのときを楽しみにあと4年間はここで頑張ろうと思う。

余談だけれども今回ウレシイ2つのことは、
①このブログ(knoblog)を楽しみに読んでます、という人に出会えたこと。
②将来、ウチに来る気はないか、とお誘いを受けたこと(半分冗談かもしれないけれど)。
僕は窪田さんと違ってあまり物事を極めずに生きてきた30年間だけれども、これからはそのマインドセットも変換し、まずは現在の仕事内容には出来るだけ極めようと努力はしてるし、HHのお誘いがあればその時、そのリクエストに応じれるだけの実力を備えたいとも思う。

上には上がたくさんいる、下には下もたくさんいる。自分の視野をどう向けるかで人は変わると思う。またまた余談ですが昨日は2時間しか寝てなかったけど夜の部は19時から25時まで全く眠くなかった、やっぱりやりたいことをやるのがいいんでしょうね、きっと。

2013年6月15日土曜日

極めるひとほどあきっぽい。

日本に一時帰国しまして、ようやく手に入れました。バイクラの中では有名かと思いますが、ひさびさに本のご紹介。

帯の通り、学者・医者・ベンチャー社長・その次は??という窪田さんの自叙伝です。現在、窪田さんは経口AMD治療薬の開発をされている会社の社長さんです。

人の批評をしてもしょうがないですし、本の内容をこと細やかに書いても今後読まれる方に悪いので、興味はないかもしれませんが、この本を読んで感じた自分のこれまで、なんかを考えてみました。まぁ自分なんぞは自叙伝を書くこともないでしょうし、これを機に振り返ってみるのもよろしいかと。

自分の特徴、というのは、いつでも本気になることなく、どこかしらに逃げ場を作ってこれまで生きてきたような気がします。 というのも、「自分はまだできる」という可能性を残して本気で取り組まず、言い訳を探してこれまでの30年間をそのように過ごしてきました。マラソンでもぶっ倒れるまでスタミナを使い切るのではなく、1番でなくてもゴールした時に余裕を残すような、そんな感じです。

これまでピアノ、フルート、サッカー、バレーボール、バスケットボール、テニス、洋裁、英語などなど、好きだと感じたことはたくさんやらせてもらってその環境には非常に感謝しています。

しかし、趣味やスポーツを例にとった場合でも、やりたい、本気で何とかしたい、と思って取り組む、というよりは、自分にできる、性に合っている分野のみ比較的取り組む、という傾向があったなぁと感じてますし、今もそうだと思っています。それはそれで生き方なんだと思いますが、その点でもまだまだ「逃げ」の姿勢があるなぁと感じます。大学院を修士で卒業しようと思ったのも研究の成果が芳しくなくあきらめのようなものがあったと思いますし、かといって就職活動も思うようにいかず研究職を半ばあきらめ、望んだことではありますが今では企画部門や管理部門の仕事に従事するようになっています。

なので、基礎的なものもおろそかにして応用ばかりに走ってしまい、振り返ってみると何もない、みたいな虚無感、というものを感じることも少なからずあります。ですので最近は人事・労務・経理・法務などなど初歩的ではありますが基盤を固めることを目標にしております。


そんな私と比較してみると、それぞれのフィールドで超一流の成果を出してこられた窪田さんなんてスーパーマンですが、これからの社会人生において一つでも二つでも妥協をしない生き方、というものをしていければなぁ、と感じる次第です。

まずはベトナムで世界一の製薬工場の立ち上げ、運用をしたいですね!

2013年6月8日土曜日

経理、会社やめるってよ。

ハイ、出落ちです。

5月はいろいろとゴタゴタしてしまい、あっという間に1か月過ぎてしまいました。ただいまハノイのラウンジなのですが、暇すぎるのでひさびさのアップです。

ベトナムでは離職が日常茶飯事ということは聞いていましたが、弊社でも創業1年目にして早々の離職者が出てまいりました。本当の理由はわかりませんが、説明上は家庭の事情、ということです。ベトナムで家庭の事情や健康上の問題などでやめる場合、ほとんどのケースは転職してほかの企業にいることが多いようです。他社に行く場合でも、正直に言ってもらう方がこちらも助かるのですがね。

 ということで、1名しかいない経理課員にやめられてしまうのでは弊社の経理体制がガタガタになっていしますので、対応策として早々に1名採用しました。ただ、アドミ部分に関しては辞職というのはポジティブに感じるところもあります。

そもそも、ベトナムの就職・転職事情については前々から知っていたことですし、私自身もスタッフがずーーーっと勤めてくれると思っているわけではありません。勤めてくれる方がベストではありますが、そうなってくるとどうしても人に仕事がつくようになる可能性があります。

通常は、部署に対して業務を課すべきであり、そうしようとすると、業務分掌で業務内容を規定し、SOPなどで業務手順を規定するのが最善と考えます。私としては離職率が高いことを踏まえ、初期の段階からSOPを自分の管轄内については作成させていましたが、どうも担当個人しかわからないSOPのように見えてしかたありませんでした。ですので、この機会に新しいスタッフが内容を理解し、より一般的なSOPへと昇華させて、内容を修正してくれることを期待しています。そこがいい点です。


まま、新興国での仕事、というものは日本では考えもしない、しょうもないことに時間を取られたりするのですが、もうすぐマネージャ職1周年となりますので、もうすこしマシな仕事ができるようにしたいですね。

あと数か月すると本格稼働が控えています。管理部長として、会社インフラの構築に尽力したいと思います。

2013年3月29日金曜日

ベトナムの病院。

今週、食あたりか何なのか分かりませんが、吐き気(嘔吐)、低血圧、手足のしびれ、少々の吐血などにて非常にしんどい状態で、ベトナムの病院を受診しました。ま、ベトナム法人の総務担当者としては、後進のためにも一度は受診しといた方がいいですものね、と前向きに。

おそらく、卵、豚肉、あるいはなすびの漬け物あたりが原因と考えられますが、久しぶりにこんなに吐きましたね(酒飲み過ぎの嘔吐は除きますが)。

というわけで、地元ハイフォン市の国際病院を訪れる訳ですが、もちろん先生方はベトナム語しか喋れませんので、医療通訳、というサービスを使うことになります。うちの会社は、ウェルビーというサービス会社と契約していて、24時間の相談が可能です。ウェルビー勤務のベトナム人の方は、もともと日本で看護師をやっておられた方ばかりを採用しているので、単純な通訳ではなく医療に特化した翻訳が可能となりますのでかなり安心。

検査内容は、血液検査、胸部X線、腹部X線、超音波でした。

超音波なんてものは人生初めての経験で、ぬるぬるしながらすこしどきどきしましたが、今回の診断結果は、胃炎、ということで今となってはすっかりと体調も回復しました。

処方内容は、オメプラゾール、クラリスマイシン、アモキシシリン、をいただきましたが、日本人の適正用量からすると、わりと多い量が処方されます。当日は吐き気が非常にあったらので昼からほとんど食事をとっておらず、医師から点滴をしましょう、と言われたときに、よっしゃ、と思ったのもつかの間、生理食塩水、でした。。。せめて5%グルコースかアミノ酸輸液にしてよね〜、と思いましたが、ま、よしとしましょう。

にしても、自分の会社が医療に関係していると、今回受けた治療に関しても、輸液、カテーテル、針、薬、と自社で作ってたりして、なんだか感慨深い思いに至りました。もちろん営利企業ではありますが、こうして医療に貢献する、ということは自分の仕事としても誇りに思います。病気にならないのが一番ではありますが。