まずは嚢胞性線維症について。CFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)の遺伝子異常のため、正常な塩化物イオンチャネルを形成するたんぱく質が作られないことにより、全身の粘膜の塩化物イオンの輸送能力が弱いため、生まれて間もない頃から、気管支、消化管、膵管(用語解説参照)などが粘り気の強い分泌液で詰まりやすくなり多様な症状を表す病気です(図)。ほぼ全ての患者さんが。肺炎や気管支炎を繰り返します。(引用:https://www.nanbyou.or.jp/entry/4531)日本を含むアジア人には非常にまれな病気ですが、欧米人の場合は3千人に1人の割合で発症するといわれています。
ですので、嚢胞性線維症は日本ではあまりなじみのない病気ですが、欧米では深刻な疾患です。嚢胞性線維症に限りませんが、人種によって生じる遺伝子疾患は比較的存在しており、日本向け、欧米向けで開発戦略が分かれることもしばしばあります。
さて、嚢胞性線維症(CF)治療薬の話をしますと、今回ICERが評価対象としたのは、Vertex社(ボストンのバイオベンチャー)のトリカフタ(Trikafta)です。この薬剤は、Elexacaftor/ Tezacaftor/ Ivacaftorという3つの化合物の合剤となり、語尾が-caftorの化合物が3つ入っているのでTrikafta、という命名と思われます。Elexacaftor/ Tezacaftor/ IvacaftorはいずれもCFTR調節薬と呼ばれるカテゴリーですが、タイプは2種類あります。Potentiatorと呼ばれる化合物はIvacaftorで、CFTRたんぱく質(イオンチャネル)の開口確率を上昇させる役割があります。残りのCorrectorと呼ばれる化合物(lumacaftor, tezacaftor, and elexacaftor)は、CFTRたんぱく質を正しくフォールディングしたり、細胞膜へ輸送させる役割を持ちます。今回の評価対象はトリカフタですが、Vertex社はこれまで、Kalydeco(ivacaftor)、Orkambi(lumacaftor/ivacaftor)、Symdeco(ezacaftor/ivacaftor,)の単剤と2種類の合剤を発売しています。
基礎的情報ですが、CFによる米国の病院コストは約1200億円との数字があります。(2013年)
次に、薬剤の薬効評価です。臨床的評価指標は、ppFEV1(percent predicted forced expiratory volume in one second: 最大吸気位(これ以上息を吸うことができない程息を吸い込み、肺がぱんぱんの状態)から、できるだけ速く息 を吐き出(努力呼出)したときの、最初の一秒間に吐き出すことのできた息の量のことの予測値)です。既存薬のOrkambi、Symdecoと比較して、Trikaftaではかなりの改善が認められています。
同様の指標として、生活の質質問票改訂版でも改善が認められています。
イオンチャネルが正常に活動すると塩化物イオンが取り込まれるので、汗の中に含まれる塩化物イオンの変化量を指標にしています。
こういったデータは臨床試験の結果を用いることが多いので適切な評価項目を設定することは適切な医薬品価格評価につながるということを理解しておくとよいです。以下の図では、BSC(Best Supportive Care)あるいは既存薬と比較した場合の各薬剤の有用性について評価されています。
この結果を踏まえて、最適な治療戦略について下記示されています。最初からTrikaftaを使用するのではなく、各遺伝子型に応じて治療戦略が異なることが示されています。
気になるお値段です。繰り返しになりますが、アメリカの医薬品価格は政府ではなく各製薬企業が決めることができますが(イメージ例:希望小売価格)、実勢価格は保険会社との交渉によるリベートが含まれますので、これらの価格よりは安いですし、患者が負担する金額も上限金額(2020年の場合は約80万円/年)で収まるはずです。下記は希望小売価格ですが、面白いことに単剤~合剤の価格をほぼ同一に設定している点がユニークだと筆者は感じます。しかし1日8万円近い価格であり、単純に年額換算すれば3千万円を超えるお値段です。
こちらが薬効と合計コストです。BSCと比較するといずれも5年程度の余命が伸びることが示されていますが、そのためのコストが6-7億円、1年余命をのばすのに1.2億円程度の費用(希望小売価格ベース)が見込まれることになります。
米国の仕組み上、いくら余命を伸ばすことができるといっても青天井で医薬品価格を設定してもよいわけではなく、1QALYあたり150,000USDという上限値が設定されています。(超希少疾患の場合は500,000USD)。その基本ルールに基づくと、トリカフタは患者数が1万人を超えるためQALYあたりの上限は150,000USDがベースとなるはずで、その場合の価格は年額79,200USDとの計算結果が示されており、希望小売価格である311,700USDと比較すると大きな乖離があることが分かります。このことからICERはVertex社へのメッセージとして、希望小売価格から約80%のディスカウントが適切である、との結論付けを行っています。
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