2013年10月15日火曜日

Same same but different!!

これ、何でしょうね。ベトナムでは日本で聞かない英語をたまに聞きます。んで、その代表格がこれ「Same Same」。英語が話せないベトナム人でもこの言葉は喋るので、きっと「同じ」という意味なんだろうを独り合点していましたが、どうやら違うらしい。

「Same」=「同じ」
「Same Same」=「似ている」

というのが私の理解する意味です。というか、英語を喋れるベトナム人に説明してもらいました。日本だってサラリーマン、ホームラン、などなど和製英語がありますから仕方がないでしょう。

それはさておき、ベトナム人の英語は非常に聞き取りにくい。というのもベトナム語は基本的に一つの言葉に一つのアクセントなので、英語を喋る際は非常に短縮される。

「Speed」=「スピッ」

あと、発音の仕方が国民的に変。

「Colleague」=「カレッジ」
「Trade」=「チェード」

Tradeに関しては、ベトナム語は「TR」を「CH」で発音するので仕方がない部分はあるかと思います。あとフランスの名残か「R」を「Z」と発音したり、初心者には意味不明です。ベトナム大手の医薬品会社に「Traphaco」という会社があるのですが、「トラファコ」と読みたいのを我慢して「チャファコ」と読むんですね。

ベトナム語の勉強もよいですが、ベッティングリッシュも正直必要です。

2013年9月24日火曜日

首相の目の前で。

気づけば前回のアップから40日、時の経つのは早いものです。さて、一週間前の話ですが、VSIP Quang Ngaiという工業団地の起工式に参加しました。VSIPというのは、Vietnam Singapore Industrial Parkという工業団地の略称で、ホーチミンに2カ所、ハノイ近郊に1カ所、ハイフォンに1カ所、と全国チェーンの成功した工業団地です。

名前の通り、ベトナムとシンガポールを挙げての工業団地であり、ベトナム側は大手ディベロッパーのベカメックス、シンガポール側はテマセク傘下のセムコープが出資してます(三菱商事も参画)。1996年から始まったプロジェクトで成功が続き第5サイトまで継続中。

さて、余剰資金の少ないベトナムでは、狭い割に南北に長いため全国を網羅するインフラを整えることが出来ません。日本は鉄道会社が路線網を引いたおかげで強靭なインフラとして今も残っておりますが、インフラがあった場合、次に鉄道会社がしたことはデパート、街の形成。インフラを構築して人が集まることが出来て初めて商業が生まれる。

翻ってベトナムにおいてはインフラがない(だからバイクに乗る)。どうやって人を集めるか、ということで工業団地を作るんですね。まず仕事を作って、そ
してその周りに街を作る。そういうスキームでやる場合は工業団地もあくまで周りに形成される住環境を汚さないクリーンである必要があります。というのがVSIPの特徴。だから医薬品製造などは推奨されます^^

今回のQuang Ngaiの話に戻しますが、これはダナンから南に120km下った都市で、まだまだ農業、漁業中心の場所です。最低賃金もレベル3で、月額最低給与が80USD程度と安価。セムコープは火力発電所も建設している最中なので、ここらのインフラを一手に請け負って街自体を形成するつもりなのでしょう。水を作る事業、も今回の目玉慈善事業としてやるみたいだし。

「家まるごとパナソニック」もすごいとは思うけど、「都市まるごとシンガポール」というのは規模が違う。それをやりきるディベロッパーのノウハウ(気力?)はすごい。事業、というよりは投資、という方に近いのかも知れませんけど、内に向けないだけに外に行っている。

今年は日越友好40周年記念、といろいろとめでたく盛り上げてはいるけれど、40年前の1973年はベトナム戦争終結(パリ協定)の年。日本だけでなく十数カ国との国交を樹立しています。もちのろんで今回のシンガポール首相のスピーチでもそういう旨のことが言われるわけ。

昨年の祝辞、今年の祝辞、来年の祝辞でも言われて、その間にまたほかの記念の年を持ってくるってことでしょうな。来月、いよいよ本格的に忙しくなりそうです。いかに乗り切るか、笑って、というか微笑んで進めていきたいと思います、そう、内心怒っていたとしてもね。

2013年8月9日金曜日

ねじをまく。

相変わらず組織運営に四苦八苦しております。

ちょうど今日見た記事ですが、ソフトバンクアカデミアでの孫さんの話。「将棋の王将は360度動ける。資格がないというのは王に重要な要素。技術も会計も資金繰りも英語も、なんでもできなければならない。

本当ーーーにそう思います。実感として。
日本から、ベトナム人スタッフから、会社を回しているとあらゆる角度からいろんなものが飛んできます。ベトナム○○局なんてところからも通達が来たりなんたらかんやら。基本的には即断即決を心がけておりますが、中にはダメージを食らうものもあるわけです。

ただ、個人的には王には死角がない代わりに歩みも遅い、と思うんですよね。だったら、何かに秀でた飛車や角になって、そのあとに敵陣に入り込んで竜王になったりする方がスピーディーで好きです。社長(王)になって責任もってやりたいことやる、って面白そうって思ってたけれども、それなりにやりたいことが出来たら社長よりも飛車角の方が面白いんじゃないかって思ったりもする。

ま。管理部責任者である以上、組織づくりはしっかりやろうと思っているので、これからは日本人、ベトナム人に対する要求レベルを上げていって、金銀桂香飛角などなどベトナム法人から輩出された人材を社内ブランド化できるように取り組みます。そのためにはまずは自分がやらないとね。

2012年の8月8日は地鎮祭。1年経って、さあどうだ。これからが本番だ。ねじ、まいていこ。

2013年7月27日土曜日

組織を作る。

いよいよと工場完成も間近となり、組織を作る段階になって参りました。8月1日で赴任してから丸1年となりますし、8月に雇用した2名の従業員もずっと僕についてきてくれたことになります。はじめは1人から始まったオフィスも活気があふれておき感慨深いものがあります。

さて、現在は僕の下に4人、その他7名のベトナム人を採用しており、今後の本格稼働を見据えてどんどん採用していく必要があります。ただ、会社を作って仕事をまわしていこうと思うと、「やる気があります」、ではなくて、「これが出来ます」、とかそういうメンツが必要です。ビギナーをゆっくりと育てていくヒマないし、当面はある程度のプロフェッショナルを採用することが前提となります。しかしながらベトナムでの医薬品製造規範は依然としてWHO-GMPであり、こと医薬品製造に関する人材に関しては、「ベトナムではプロ」、という人材でも物足りない部分があり、PIC/SやcGMPに対応しようとするとなかなか難しい。なので、「これが出来ます」+「医薬品がやりたいです」という要素の強い人を選別して組織に入れ、その人たちが最大限働きやすい職場を提供することを念頭に考えています。

これからどんどん従業員を増やしていく場合には、それぞれの役割に見合った人を採用したい、し、採用される方もそのように願う、と思う。最低限の生活もままならない場合はなんとかして高い給与が欲しい、と思うだろうけれどもある程度までの給料ならば、環境のいい会社で働きたい、自分のやりたいことをしたい、という人が増えてくる。そういうときに、ベトナムにおける医薬品製造、というのは社会貢献度が非常に高く、医療が不十分なベトナムにおいて、医療関係の仕事がしたい、というモチベーションに十分なるのではと思っています。

しかし最近「自分が本当にやりたいことは何ですか?」というのは究極の疑問だとつくづく思っています。月に一度の従業員面談では、自分の会社の中にある仕事の範囲の中で、やりたい仕事を吸い上げ、不満を吸い上げ、社内を調整してできるだけ改善するようにしています。ベトナム人はキャリア志向が強いので、自分の仕事はこれ、というのをあらかじめ決めたりする傾向があり、管理する側としてはそんなこと言わずにいろいろやってよ、とお願いしてますがそれをお願いするのは手間でもあります。そういう点では日本人はいかに仕事を受け身でやっていることが多いか、と感じます。その結果の多能工、なのでしょうか。

翻って今、僕自身がやっている仕事は本当に自分がやりたい仕事なのか?と言われたら、「んー、どうでしょう」と答えます(笑)。しかし僕の軸として興味があること、というのは、「ヘルスケア(出来れば薬)」と「アパレル」。
気づいてみると、「イリョウ(医療⇄衣料)」ということに集約されるのかも知れません。経験も構想も人徳も全然足りないので独り立ちなんかは出来ませんが、まずはやりたいことをやるベトナム人を眺めながら今の環境を十分に楽しんで、
一つのことを成功させてみたいと思います。


2013年7月6日土曜日

事業環境と共通項について考える。

窪田さんを中心にした勉強会に参加してきました。本来帰国予定はなかったのですが、無理やり予定を詰め込んで帰ってきました、東京。ですが、どんなことをしてでも帰ってきた方がいいと感じましたね。前回、「極めるひとほぼどあきっぽい」について書かせてもらいましたが要はその著者の方との勉強会・2次会です。(その他ウレシイことも2点ほど)。

感じたことは多々ありますが、米国の事業環境ってすごそうだな、そこで仕事をしてみたいな、というのを率直に感じました。 ベトナムで会社を動かしていると、法律や各種規制を熟知した専門家、ってそんなに多くなく、それよりも誰々をよく知っている、とか、そんな話をよく聞きます。もちろん各種法律を知っていて、という素晴らしい人もいることにはいるのですが、少数でしょう。 (主観的意見です)。それよりも規制と袖の下は表裏一体ですから、そのことによる恩恵を受けることに執着している人も多いでしょう。

アメリカの場合だと、 それぞれのProfessionalがいて、各Job discriptionに従って採用すれば、本当に優秀な人を集めることが出来そうです。法令など各種事業環境も整っていて実力勝負、速さ勝負、みたいな、本当にサバイバルな環境にあるんだと感じました。だからこそリーダーとしてそれらの人を束ねる場合は、少なくともメンバーが言うことを理解する素養、分からないことは教えてもらう謙虚さ、それらを統合する頭の回転の速さ、必要な能力が山ほどあるんだろうと感じます。

だけれども、自分がリーダーとして引っ張っていく場合、少なくともメンバーはその背中を見てついてきてくれる訳だし、ベンチャーにせよ、大企業にせよ、その背中が信用できるものでなくなったら、ついてこないこないのが普通かと思います。それは会社の社風も含めて、この人と一緒に仕事がしたい、とかこの会社が好きだ、とか、そういう気持ちを社員に持たせることが必要。そういう点は恐縮ながらも共通意見であり、その方向で進めたいと思います。

事業環境を比べると、それぞれの国の道路事情によく似ているのではないか、と思います。アメリカはだだっ広いハイウェイで、乗るも降りるもフリー。日本は、比較的早く走れるけれどもその流れは細く、その上、山や谷、曲り道(規制?)が多く、思ったほどスピードが出せない。ベトナムはそもそもハイウェイがない上に、 バイクに邪魔されたり、石が落ちていたり、牛が出てきたり、とおそらく先進国では予想外のトラブルや人的災害が起きる。だからスピード感も非常に遅く、実際一つのレターを出して問題解決するのに1か月以上かかることもある。スピードの速いアメリカベンチャーだと1か月というのは致命的なほど長いのではないかと思います。

ただ、先進国のスピード感についていけない人、新興国の未整備さについていけない人、いろんなタイプの人が世の中にはいるとは思うけれども、自分自身はオフロードのようなベトナムだけれども俄然として早く走れるようになりたいと思う。みんなが50km/hで走っていることに慣れたら、200lm/hで走っているアメリカ(例えです) では、もう走れない。僕はまだ早く安定して走れないけれど、今回の勉強会なんかは200km/hで走っている人たちの後部座席に乗せてもらってそのスピード、マインドといったすごさを体験させてもらったから本当にかけがえのない経験でした。


なんだかたとえ話に話がずれてしまいましたが、共通なことは自己実現欲が高い人がいるということ。高い給料に心動かされる人はいるけれども、これまでこんな経験として「うちの会社に入社して、自分の実力を試したい」というマインドを持った人もいる。そういう人に対しては、ベトナムの中では少なくとも優れた職場環境とゴールを提供して、一緒に走っていきたいと思うし、それで会社と国が発展すれば、もう何も言うことはないし、そこでする自分の仕事ももう終わりになる。そのときを楽しみにあと4年間はここで頑張ろうと思う。

余談だけれども今回ウレシイ2つのことは、
①このブログ(knoblog)を楽しみに読んでます、という人に出会えたこと。
②将来、ウチに来る気はないか、とお誘いを受けたこと(半分冗談かもしれないけれど)。
僕は窪田さんと違ってあまり物事を極めずに生きてきた30年間だけれども、これからはそのマインドセットも変換し、まずは現在の仕事内容には出来るだけ極めようと努力はしてるし、HHのお誘いがあればその時、そのリクエストに応じれるだけの実力を備えたいとも思う。

上には上がたくさんいる、下には下もたくさんいる。自分の視野をどう向けるかで人は変わると思う。またまた余談ですが昨日は2時間しか寝てなかったけど夜の部は19時から25時まで全く眠くなかった、やっぱりやりたいことをやるのがいいんでしょうね、きっと。

2013年6月30日日曜日

上海、中国。

行ってきました、中国上海。初めての中国でしたが、タクシーにぼられた以外はまぁまぁといったところでしょうか。

まず驚いたのが空気の汚さ。さんざんニュースではやっていますが、ベトナムなどとは比べ物にならないほど汚い、というか遠くが見えない。笑い話ですが、窓の外を少し見てて、Landingのアナウンスが出てもずっと雲の中だなぁと思ったら突然の着陸!霞すぎて陸が見えていませんでした。加えて、かくしゃみがでる、目がかすむ、目やにがでkる、などの身体的異変も感じながら生活しました。

上海は高層ビルも多く、リニアモーターカー(Maglev trainと言うそうです。中国語では磁浮)近代国家であることは感じるのですが、近代的な空港なのに雨漏りしていたり、立派なホテルの部屋で雨漏り(水漏れ?)していたり、日本人が完璧を求め過ぎなのか、どうも少し物足りない、儚いように感じました。ただ地下鉄の発展、車社会、というところはさすが上海、とうならざるを得ない点でしたが、黄浦のネオンなどなどはミッションインポッシブルⅣで見た程の迫力はなく、想像よりはおとなしめでした。それでも十分にギラギラはしていますがね。

意外だったのがお店が少ないこと。デパートなどは多少ありますが、景観上禁止されているのか路面店が非常に少ないと感じました。普段ベトナムで見慣れているケータイショップなどひとかけらも見ることはありませんでした。

さてさて、都市の違い、人柄の違いなど様々な点がありますが、中国に住むのであればベトナムに住みたい(もちろんテンポラルですが)と改めて感じました。いい国です、ベトナム。だてに洋さんも縦断しないですよね。

2013年6月19日水曜日

水曜どうでしょう。

ようやく見終わりました。
Last Run 1800km ハノイ〜ホーチミンの旅。

よくよく見れば2002年7月の旅でしたのでかれこれ11年前の映像。ただ現地に1年住んでみた感想としては11年経過してもほとんど変わっていません、ベトナム。

ホテルニッコーハノイ前からスタートする訳ですが、その映像もほぼいまと同じ。信号が出来たり、建物が新しくなったり、車やタクシーが増えたことを除けば交通マナーも含めて全く変わっていません。このDVDを見れば、今のベトナムもほとんど理解できます。

大泉洋さん、このときアラサーなんですね。そう思うと感服してしまいます。それくらい面白い。

このDVDを見て印象に残った場面は「水曜どうでしょう、が各地の民放で再放送され指示されているのは、我々が新しいことをやってないからだ」というですが、新しいことや変わり続けることが求められる中で、新しいことをせず、未来を予見するでもなく、ただただ面白いことが出来るのは本当にすごいと思います。

さて、これを見てベトナムに行きたいと思った方は早めに来てください。最近はベトナムもかわりつつありますので。