2013年6月19日水曜日

水曜どうでしょう。

ようやく見終わりました。
Last Run 1800km ハノイ〜ホーチミンの旅。

よくよく見れば2002年7月の旅でしたのでかれこれ11年前の映像。ただ現地に1年住んでみた感想としては11年経過してもほとんど変わっていません、ベトナム。

ホテルニッコーハノイ前からスタートする訳ですが、その映像もほぼいまと同じ。信号が出来たり、建物が新しくなったり、車やタクシーが増えたことを除けば交通マナーも含めて全く変わっていません。このDVDを見れば、今のベトナムもほとんど理解できます。

大泉洋さん、このときアラサーなんですね。そう思うと感服してしまいます。それくらい面白い。

このDVDを見て印象に残った場面は「水曜どうでしょう、が各地の民放で再放送され指示されているのは、我々が新しいことをやってないからだ」というですが、新しいことや変わり続けることが求められる中で、新しいことをせず、未来を予見するでもなく、ただただ面白いことが出来るのは本当にすごいと思います。

さて、これを見てベトナムに行きたいと思った方は早めに来てください。最近はベトナムもかわりつつありますので。

2013年6月15日土曜日

極めるひとほどあきっぽい。

日本に一時帰国しまして、ようやく手に入れました。バイクラの中では有名かと思いますが、ひさびさに本のご紹介。

帯の通り、学者・医者・ベンチャー社長・その次は??という窪田さんの自叙伝です。現在、窪田さんは経口AMD治療薬の開発をされている会社の社長さんです。

人の批評をしてもしょうがないですし、本の内容をこと細やかに書いても今後読まれる方に悪いので、興味はないかもしれませんが、この本を読んで感じた自分のこれまで、なんかを考えてみました。まぁ自分なんぞは自叙伝を書くこともないでしょうし、これを機に振り返ってみるのもよろしいかと。

自分の特徴、というのは、いつでも本気になることなく、どこかしらに逃げ場を作ってこれまで生きてきたような気がします。 というのも、「自分はまだできる」という可能性を残して本気で取り組まず、言い訳を探してこれまでの30年間をそのように過ごしてきました。マラソンでもぶっ倒れるまでスタミナを使い切るのではなく、1番でなくてもゴールした時に余裕を残すような、そんな感じです。

これまでピアノ、フルート、サッカー、バレーボール、バスケットボール、テニス、洋裁、英語などなど、好きだと感じたことはたくさんやらせてもらってその環境には非常に感謝しています。

しかし、趣味やスポーツを例にとった場合でも、やりたい、本気で何とかしたい、と思って取り組む、というよりは、自分にできる、性に合っている分野のみ比較的取り組む、という傾向があったなぁと感じてますし、今もそうだと思っています。それはそれで生き方なんだと思いますが、その点でもまだまだ「逃げ」の姿勢があるなぁと感じます。大学院を修士で卒業しようと思ったのも研究の成果が芳しくなくあきらめのようなものがあったと思いますし、かといって就職活動も思うようにいかず研究職を半ばあきらめ、望んだことではありますが今では企画部門や管理部門の仕事に従事するようになっています。

なので、基礎的なものもおろそかにして応用ばかりに走ってしまい、振り返ってみると何もない、みたいな虚無感、というものを感じることも少なからずあります。ですので最近は人事・労務・経理・法務などなど初歩的ではありますが基盤を固めることを目標にしております。


そんな私と比較してみると、それぞれのフィールドで超一流の成果を出してこられた窪田さんなんてスーパーマンですが、これからの社会人生において一つでも二つでも妥協をしない生き方、というものをしていければなぁ、と感じる次第です。

まずはベトナムで世界一の製薬工場の立ち上げ、運用をしたいですね!

2013年6月8日土曜日

経理、会社やめるってよ。

ハイ、出落ちです。

5月はいろいろとゴタゴタしてしまい、あっという間に1か月過ぎてしまいました。ただいまハノイのラウンジなのですが、暇すぎるのでひさびさのアップです。

ベトナムでは離職が日常茶飯事ということは聞いていましたが、弊社でも創業1年目にして早々の離職者が出てまいりました。本当の理由はわかりませんが、説明上は家庭の事情、ということです。ベトナムで家庭の事情や健康上の問題などでやめる場合、ほとんどのケースは転職してほかの企業にいることが多いようです。他社に行く場合でも、正直に言ってもらう方がこちらも助かるのですがね。

 ということで、1名しかいない経理課員にやめられてしまうのでは弊社の経理体制がガタガタになっていしますので、対応策として早々に1名採用しました。ただ、アドミ部分に関しては辞職というのはポジティブに感じるところもあります。

そもそも、ベトナムの就職・転職事情については前々から知っていたことですし、私自身もスタッフがずーーーっと勤めてくれると思っているわけではありません。勤めてくれる方がベストではありますが、そうなってくるとどうしても人に仕事がつくようになる可能性があります。

通常は、部署に対して業務を課すべきであり、そうしようとすると、業務分掌で業務内容を規定し、SOPなどで業務手順を規定するのが最善と考えます。私としては離職率が高いことを踏まえ、初期の段階からSOPを自分の管轄内については作成させていましたが、どうも担当個人しかわからないSOPのように見えてしかたありませんでした。ですので、この機会に新しいスタッフが内容を理解し、より一般的なSOPへと昇華させて、内容を修正してくれることを期待しています。そこがいい点です。


まま、新興国での仕事、というものは日本では考えもしない、しょうもないことに時間を取られたりするのですが、もうすぐマネージャ職1周年となりますので、もうすこしマシな仕事ができるようにしたいですね。

あと数か月すると本格稼働が控えています。管理部長として、会社インフラの構築に尽力したいと思います。

2013年4月29日月曜日

Pfizer Incのケーススタディ

かつて通っていた民間ビジネススクールの方々とファイザーインクに関するケーススタディをすることになり、目下締切を目指してコンサル業的なレポートを作成しております(こんなことを書く暇があったらレポートしなきゃならないんですが。)

私自身、昨年ベトナムで法人設立してからはや1年が経過しており、会社も比較的安定的に操業しているのではないかと感じています。第1ステップの自分の立場としては及第点なのではないかと自己評価しております(余地はまだありますが)。

そこで今回改めてファイザーのケーススタディ(IVEY製)に臨んでみると、自分の仕事の枠の小ささを改めて感じるとともに、このような視座の異なる議論もしなきゃならないなぁと感じたわけです。

そもそもファイザーなんて世界一の企業であり、そのCEOであるJeff Kindlerの打ったアクションについての評価と彼へのコンサルティング、というのはばかげた話です。弁護士であり、長年経営の経験を積んだ人に新米コンサルタントがかなうはずもありません。しかし、彼がどうしてそのように「判断・決断」したのかを探り、今後はどうするべきか、を提案する、というのは非常に面白く久々にわくわくしました。またファイザーはアメリカ企業なので、その課税体系やうちのようなGE企業ではあまり耳慣れない無形固定資産(特許権など)の償却なども考える必要がありそれも新鮮。

スクールに通っていた時(研究所時代)と違い、今ではある程度は自分の会社について多少の判断もできる立場になり、そのためにはどのようなファクトが必要でどのようなロジックが必要か、ということを考えてはいるものの、目の前のスピードに対応するために手抜きになってたかな、と内省もしております。

こういうケーススタディをすると、それぞれ学ぶべきトピックがこそっと設けられてるんだと思いますが、素材にB/Sがないのかよ、とかC/Fもつけといてよ、とか余計な文句も出てくるようになりましたが、いろんな経験をして少しでも前進できればなぁ、と感じております。

さて、今回の私の施策とKindlerのアクションがどれだけ共通点があるか、そして今の株価、調子はどうか、私がうまいことロジックに基づいて判断できるのか、楽しみ楽しみ。

2013年3月29日金曜日

ベトナムの病院。

今週、食あたりか何なのか分かりませんが、吐き気(嘔吐)、低血圧、手足のしびれ、少々の吐血などにて非常にしんどい状態で、ベトナムの病院を受診しました。ま、ベトナム法人の総務担当者としては、後進のためにも一度は受診しといた方がいいですものね、と前向きに。

おそらく、卵、豚肉、あるいはなすびの漬け物あたりが原因と考えられますが、久しぶりにこんなに吐きましたね(酒飲み過ぎの嘔吐は除きますが)。

というわけで、地元ハイフォン市の国際病院を訪れる訳ですが、もちろん先生方はベトナム語しか喋れませんので、医療通訳、というサービスを使うことになります。うちの会社は、ウェルビーというサービス会社と契約していて、24時間の相談が可能です。ウェルビー勤務のベトナム人の方は、もともと日本で看護師をやっておられた方ばかりを採用しているので、単純な通訳ではなく医療に特化した翻訳が可能となりますのでかなり安心。

検査内容は、血液検査、胸部X線、腹部X線、超音波でした。

超音波なんてものは人生初めての経験で、ぬるぬるしながらすこしどきどきしましたが、今回の診断結果は、胃炎、ということで今となってはすっかりと体調も回復しました。

処方内容は、オメプラゾール、クラリスマイシン、アモキシシリン、をいただきましたが、日本人の適正用量からすると、わりと多い量が処方されます。当日は吐き気が非常にあったらので昼からほとんど食事をとっておらず、医師から点滴をしましょう、と言われたときに、よっしゃ、と思ったのもつかの間、生理食塩水、でした。。。せめて5%グルコースかアミノ酸輸液にしてよね〜、と思いましたが、ま、よしとしましょう。

にしても、自分の会社が医療に関係していると、今回受けた治療に関しても、輸液、カテーテル、針、薬、と自社で作ってたりして、なんだか感慨深い思いに至りました。もちろん営利企業ではありますが、こうして医療に貢献する、ということは自分の仕事としても誇りに思います。病気にならないのが一番ではありますが。

2013年3月22日金曜日

シルクの村。

先日ハノイに行ったときに、シルクの村Van Phucに行ってきました。ハノイで有名なシルク街はホアンキエム湖近くのハンガイ通りなのですが、お店の値段がまぁまぁ高かったので知り合いのおすすめということで訪れてみました。

村、といってもハノイから南の方向に10km程度しか離れておらず、車で30分とアクセスもなかなか。確かにネクタイ1本5ドル、と優れたプライシングをしておられました。今回はネクタイ2本、シルクのパジャマを調達。

ここはシルクを売っているだけではなく、カイコの栽培、絹の採取、そして織物、をやってました。カイコはタンパク源ということもあり、ベトナム人は揚げて昼ご飯に食べたりします。私も以前食べましたが、外はかりかり中はふわふわ、という食感でした。ちょっと揚げが足りないと生臭さが残りますね。通常食用、として出てくるカイコは今回見たような程長い形をしておらず、ダンゴムシみたいなずんぐりむっくりな形をしています。




織り機の方は、休むことなくカタコトと動いていましたが、ほぼ自動化しているのか人の姿は見当たりませんでした。とはいっても木製で昔の日本のような趣があり、同行したおじいさんは懐かしまれておりました。特に織り機の型である、木製のオルゴールの要なもの(写真右上)はそれだけでも美しく、ほほぅ、と感じ入るものでした。

観光地からはほど遠いため、観光客もほとんどいませんでしたが、ハノイに飽き飽きされた方などは足をのばしてみるといいかもしれませんね。

2013年3月15日金曜日

命とともに走る。

こんばんわ、先週は内部監査のためお休み致しました(爆)で、その時に撮影した写真をトップに持ってきてご紹介。ベトナムではバイクでモノを運ぶことが多く、ビールや壺、家畜など、バイクの後ろに乗せて走ることが多いです。

昔の日本ではよくある光景だった、(と聞いたことがあるだけですが)鶏の頭を跳ねて、首から下だけが走り回る、とか食と生が今よりもずっと身近だったように感じます。今では、肉、といえば、スーパーの精肉コーナーで綺麗に切り身になっていたり、魚といってもきれいに裁かれたりしています。それはもちろん便利になった証拠、ではあるのですが、生命のありがたみもなくなっているように感じます。むしろ、そういう生々しい部分は極力表に出さないようにしているような気がしてなりません。

ベトナムでは写真の通り、これから食材になるであろうさまざまな動物を目の前にします。調理された場合でも、鳥皮に毛が残っていたり、鳥が丸ごと揚げられた形で出てくる、など食から生命を感じることが多いです。どこかのお子さんが、こちらに住み始めたときに鳥の丸揚げを見て、鳥が食べられなくなったそうですが、日本というのはどうも臭いものにふたをする感覚でキレイにしすぎ、見せなさすぎのような気がしますね。それが先進国の証、でもあるのでしょうが、こちらに住むと、そういう光景を目の当たりにすることからサバイバル・ハングリーというような感覚が生まれるような気もします。そしれ私たちは彼らと戦わなくてはなりません。キレイな世界に住むこともいいけれど、そういう世界も受け入れられる度量を持ちたいと感じますね。

自分よりおむしろ、自分の子供たちの世代には、なおさらそうであってほしいと願います。